福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(ワ)368号 判決 1969年3月03日
主文
一、原告に対し、
(一) 被告広松英明は金八二六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年七月一日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告稲数修は金五四四、七〇九円および内金三〇二、七〇九円に対する昭和四三年一月一日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の各請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告らの各負担とする。
四、この判決は、原告において被告広松英明に対し金二七〇、〇〇〇円、同稲数修に対し金一八〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り当該被告につき仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「(一)被告広松英明は原告に対し、金二、〇七九、四〇〇円およびこれに対する昭和四一年七月一日より支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え、(二)被告稲数修は原告に対し、金八二六、四〇〇円およびこれに対する昭和四三年一月一日より支払済みまで、年五分の割合による金員ならびに昭和四三年一月一日以降毎月二八日に一ケ月金三二、〇〇〇円の割合による金員を支払え、(三)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに右(一)、(二)につき、仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
第一、被告広松関係
一、別紙目録記載の建物のうち、(一)の部分(以下本件建物(一)の部分という)は、原告の所有に属するものである。
二、原告は、本件建物(一)の部分を被告広松英明の弟広松博邦に対し、昭和三二年頃より賃料月額金六〇、〇〇〇円で賃貸していたが、昭和三三年七月三〇日右博邦の懇請を容れ、同人との間に、右賃料額を原則とするが、当分の間これを一ケ月金三三、〇〇〇円に減額し、また賃貸借期限を昭和三四年一二月までとする旨の合意をした。その後被告広松英明は昭和三五年一月頃弟博邦の本件建物(一)の部分についての賃借権を承継したが、同被告との間の賃貸借は期限の定めなく、賃料は翌月分をその前月二五日に支払う約定であつた。
三、本件建物(一)の部分の前記賃料は、その後一般物価、公租公課等の昂騰のため、比隣の建物の賃料に比べ、著しく不相当になつたので、原告は被告広松に対し、
(1) 昭和三七年七月九日付内容証明郵便をもつて、同年七月一日以降の本件建物(一)の部分の賃料を一ケ月金五二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、この意思表示は同日頃同被告に到達し、
(2) 更に前同様の理由で、昭和三八年一一月中に内容証明郵便をもつて、同年一二月一日以降の右建物部分の賃料を一ケ月金九二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、この意思表示は、同年一一月中に被告広松に到達した。
四、しかるに、被告広松は右各増額請求に応ぜず、昭和三七年七月より同年一〇月までは、毎月従前の賃料三三、〇〇〇円、同年一一月より昭和四一年五月までは毎月金三六、〇〇〇円の各割合の金員を内払いしたのみで、同年六月中旬本件建物(一)の部分を明渡した。
従つて被告広松は原告に対し、前項(1)により増額された賃料一ケ月金五二、〇〇〇円の昭和三七年七月一日以降昭和三八年一一月三〇日まで一七ケ月分より右各内払い額を差引いた残額金二八四、〇〇〇円、前項(2)により増額された賃料一ケ月金九二、〇〇〇円の昭和三八年一二月一日以降昭和四一年五月三一日まで三〇ケ月分より毎月金三六、〇〇〇円の右内払い額を差引いた残額金一、六八〇、〇〇〇円、同年六月分の右増額賃料金九二、〇〇〇円、合計金二、〇五六、〇〇〇円の支払義務がある。五、なお被告広松は原告に対し、本件建物(一)の部分を賃借中、し尿衛生費として毎月金三〇〇円の支払義務を負担していたが、同被告は昭和三五年一月より昭和四一年六月までの全賃借期間七八ケ月分の右し尿衛生費合計金二三、四〇〇円を全く支払わない。
六、よつて原告は被告広松に対し、前記未払賃料金二、〇五六、〇〇〇円と右し尿衛生費二三、四〇〇円との合計金二、〇七九、四〇〇円およびこれに対する最終支払日後である昭和四一年七月一日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第二、被告稲数関係
一、別紙目録記載の建物のうち、(二)の部分(以下本件建物(二)の部分という)は、原告の所有に属するものである。
二、原告は、本件建物(二)の部分を被告稲数修に対し、昭和三三年頃より賃料一ケ月金一五、〇〇〇円、毎月二八日払い、使用目的タイビスト養成教室、無断転貸禁止の約で、期間の定めなく賃貸した。
三、本件建物(二)の部分の右約定賃料は、その後一般物価、公租公課等の昂騰により、比隣の建物の賃料に比べて著しく不相当となつたので、原告は被告稲数に対し、
(1) 昭和三七年七月九日付内容証明郵便をもつて、同年七月一日以降の本件建物(二)の部分の賃料を一ケ月金二〇、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、この意思表示は同日頃同被告に到達し、
(2) 更に前同様の理由で、右増額した賃料も不相当となつたので、昭和三八年一一月中に内容証明郵便をもつて、同年一二月一日以降の右建物部分の賃料を一ケ月金三二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、この意思表示は、同年一一月中に被告稲数に到達した。
四、しかるに、被告稲数は右各増額請求に応ぜず、昭和三七年七月より同年一〇月までは、毎月従前の賃料一五、〇〇〇円、同年一一月より昭和四二年一二月までは、毎月金一七、〇〇〇円の各割合の金員を内払いしたのみである。
従つて被告稲数は原告に対し、前項(1)により増額された賃料一ケ月金二〇、〇〇〇円の昭和三七年七月一日以降昭和三八年一一月三〇日まで一七ケ月分より右各内払い額を差引いた残額金五九、〇〇〇円、前項(2)により増額された賃料一ケ月金三二、〇〇〇円の昭和三八年一二月一日以降昭和四二年一二月三一日まで四九ケ月分より毎月金一七、〇〇〇円の右内払い額を差引いた残額金七三五、〇〇〇円、合計金七九四、〇〇〇円の支払義務があり、かつ昭和四三年一月一日以降も本件賃貸借契約存続中は、一ケ月金三二、〇〇〇円の割合による賃料を毎月二八日に支払うべき義務がある。
五、なお、被告稲数は原告に対し、本件建物(二)の部分の賃借期間中は、し尿衛生費として毎月金三〇〇円を支払うべき義務があるのに、同被告は昭和三四年一月分より昭和四二年一二月分まで一〇八ケ月分の右の割合によるし尿衛生費合計金三二、四〇〇円を支払わない。
六、よつて原告は被告稲数に対し、前記未払賃料金七九四、〇〇〇円と右し尿衛生費三二、四〇〇円との合計金八二六、四〇〇円およびこれに対する最終支払期日後である昭和四三年一月一日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めると共に、昭和四三年一月一日以降毎月二八日限り本件建物(二)の部分の賃料として、一ケ月金三二、〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める。
被告ら訴訟代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をそれぞれ求め、答弁として、
一、被告広松訴訟代理人は、請求原因第一項は認める。請求原因第二項のうち、被告広松の弟博邦が昭和三二年頃原告から本件建物(二)の部分を賃借し、その後被告広松が右博邦より右建物部分の賃借権を承継したこと、訴外博邦の賃借中に従前の賃料が一ケ月金三三、〇〇〇円に減額されたこと、および被告広松の右賃借権承継後の賃料も一ケ月金三三、〇〇〇円の約であつたことは、いづれも認めるが、その余は争う。従前の賃料が右のとおり減額されるに至つたのは、当初訴外博邦は本件建物のうち、(一)の部分だけでなく、他に南側の一画をも併せ賃借していたところ、後日右の一画を原告に返還し、賃借部分が右(一)の部分だけに減少したゝめにほかならない。請求原因第三項のうち、本件建物(一)の部分の賃料が比隣の建物の賃料に比べ著しく不相当になつたこと、および(2)の賃料増額の意思表示がなされたことは否認し、その余は認める。昭和三八年一一月中に原告よりその主張のような賃料増額の意思表示を受けた事実のないことは、同月中に訴外佐藤大雄の子より被告広松に対し、本件建物の所有者は、原告より訴外有限会社北九州ビル南事(代表取締役右佐藤大雄)に変つたので、契約更新のときまで、従来どおりの賃料を支払つてもらいたい旨の申入れがなされ、被告広松がこれに応じて同年一一月、一二月分の原告との間の約定賃料を同商事に支払つた事実に徴して明らかである。請求原因第四項前段は、昭和三七年七月より同年一〇月までの支払賃料額および被告広松が本件建物(一)の部分を明渡した日を否認し、その余は認めるが、被告広松が支払つた賃料は内払いではない。すなわち同被告は昭和三七年七月分より明渡しまでの間一ケ月金三六、〇〇〇円の賃料を支払つており、このように同被告がそれまでの約定賃料を上廻る毎月金三六、〇〇〇円宛の金員を支払つたのは、原告からその主張の一回目の賃料増額請求を受けた際原告と交渉した結果、従前の賃料を右金額まで増額することで妥結したゝめである。また同被告が右建物部分を明渡したのは、昭和四一年五月末日である。同項後段はこれを争う。請求原因第五項は否認する。もつとも、被告広松は原告の代理人訴外倉田某に対し、約一年半位の期間一ケ月金三〇〇円の割合のし尿衛生費を支払つたことはあるが、それは右倉田から、原告が困つているから右の割合のし尿衛生費を払つてやつて貰いたい旨の申出を受けたので、好意的に支払つたものにほかならず、本来し尿衛生費は本件賃料に含まれているから、別個に支払うべき義務はない。仮に被告広松に原告主張どおりのし尿衛生費の支払義務があるとしても、原告は自己の事務所の電力料金を被告らに負担せしめながら、他方右事務所の賃借人からは、電力料金を取立て不当に利得しているので、被告広松は本訴において、右不当利得の返還請求権と、原告の右し尿衛生費請求権とを対等額で相殺の意思表示をする。と述べ、
二、被告稲数訴訟代理人は、請求原因第一項、第二項は認める。請求原因第三項は、本件建物(二)の部分の賃料が、原告主張の理由で比隣の建物の賃料に比べ、著しく不相当となつたことは否認し、その余は認める。請求原因第四項のうち、前段は認めるが、被告稲数が支払つた原告主張の賃料は、内払いではない。同項後段は争う。請求原因第五項は否認する。原告主張のし尿衛生費は、本件賃料に含まれているので、別個に支払うべき義務はない。と述べた。
立証(省略)
理由
第一、被告広松関係
一、原告と被告広松英明の弟広松博邦との間に昭和三二年頃本件建物(一)の部分につき、賃貸借契約が締結され、その後被告広松が右博邦より右建物部分の賃借権を承継したこと、訴外博邦の賃借中に当初の約定賃料が月額金三三、〇〇〇円に減額されたこと、および被告広松の右賃借権承継後の賃料も月額金三三、〇〇〇円の定めであつたことは当事者間に争がなく、原告本人尋問、被告広松本人尋問の各結果によると、原告と訴外広松博邦との間に当初定められた約定賃料は、月額金六〇、〇〇〇円であつたが、昭和三三年七月右のとおり減額された事実を認めることができる。
二、その後原告より被告広松に対し、昭和三七年七月九日付内容証明郵便で、本件建物(一)の部分の賃料を同年七月一日以降月額金五二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示がなされ、この意思表示が同日頃同被告に到達したことは当事者間に争がなく、証人桑野京一の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、二に同証人の証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和三八年一一月中被告広松に対し、内容証明郵便で、本件建物(一)の部分の賃料を同年一二月一日以降月額金九二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、この意思表示は同月中に同被告に到達した事実が認められ、被告広松本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は右各証拠と対比して、たやすく信用し難い。
三、そこで、右各賃料増額の当否について検討するに、前記第一項の当事者間に争のない事実に、鑑定人上村幸雄の鑑定の結果を綜合すると、原告が被告広松に対してなした前記一回目の増額の意思表示は、賃貸借契約締結後約五年の期間経過後になされ、二回目の増額の意思表示は、右一回目のそれより一年四月を経過してなされたこと、および本件建物所在地は、マーケツト街に連らなる商店街で、店舗としての立地条件も良好であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
右認定の各事実と、検証の結果によつて明らかなとおり、本件建物は営業用店舗であつて、その賃料が経済事情の変動に比較的容易に対応し得るものであることを併せ考えると、本件における約五年、および一年四月の前記各期間の経過は、相当期間の経過と認めることができ、さらに右各事実と前掲鑑定の結果とによれば、本件建物(一)の部分の既定賃料は、前記各増額の意思表示がなされた時点において、不相当であつたものと認められる。
四、そこで増額の範囲につき判断する。証人上村幸雄の証言、鑑定人上村幸雄の鑑定の結果によると、本件建物(一)の部分の適正賃料は、昭和三七年は月額金八一、七〇七円であると認められるところ、原告が被告広松に対してなした前記一回目の意思表示にかゝる増額は、右適正賃料の範囲内である金五二、〇〇〇円であるから、右建物部分の賃料は、一回目の増額の意思表示が同被告に到達したとき以降原告主張のとおり一ケ月金五二、〇〇〇円に増額されたものというべきである。しかして、右意思表示が被告に到達した日が、昭和三七年七月九日頃であることは、前記のとおり当事者間に争がないが、原告本人の供述によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証によれば、本件建物(一)の部分の賃料は、その翌月分を前月二五日に支払う約定であつたものと認められるから、昭和三七年七月分の賃料は、その全額につき同年六月二五日既に履行期が到来していることになるので、右意思表示に基く増額の効果は、同年八月一日以降の賃料につき生じたものといわねばならない。
次に前掲鑑定の結果に示された、右建物部分の昭和三八年における適正賃料は、月額金八三、四〇二円である。しかしながら、この金額は前年度の月額適正賃料が、前記のとおり金八一、七〇七円である場合に、物価上昇率等を考慮して算出した結果であることが、右鑑定の結果によつて明らかであるところ、前年の賃料は前記認定のとおり、原告の意思表示により、右金額を下廻る金五二、〇〇〇円に増額の効果を生じていること、原告が昭和三八年一一月中になした二回目の賃料増額の意思表示と昭和三七年七月九日になした一回目の増額の意思表示との間の先に認定した経過期間、および証人八尋多喜男、同蔦野満雄の各証言によつて認められる、本件建物の近くにある右両証人が賃借している建物の賃料額等に前記鑑定の結果を綜合して考えると、本件建物(一)の部分の昭和三八年における適正賃料は、月額金五五、〇〇〇円が相当であると認められ、この認定に反する証拠はない。従つて、右建物部分の賃料は、原告が被告広松に対してなした二回目の賃料増額の意思表示の結果、昭和三八年一二月一日以降一ケ月金五五、〇〇〇円の限度において、増額の効果を生じたものというべきである。
五、ところで、原告は本件建物(一)の部分の賃料として、被告広松が支払つたのは、昭和三七年七月分より同年一〇月分までは、従前どおりの一ケ月金三三、〇〇〇円であつたと主張するのに対し、被告は右四ケ月分も、同年一一月以降と同様一ケ月金三六、〇〇〇円宛の割合で支払つた旨抗争するので、この点につき考えてみるに、成立に争のない乙第七ないし第一〇号証に、被告広松本人尋問の結果を綜合すると、同被告は右四ケ月分の賃料として、一ケ月金三六、〇〇〇円宛を支払つた事実を認めることができる。この認定に反する証拠はない。
六、被告広松は、右のとおり同被告が昭和三七年七月分以降従前の賃料を上廻る一ケ月金三六、〇〇〇円の割合による金員を支払つたのは、原告からその主張の一回目の賃料増額請求を受けた際、原告と合意のうえ、増額の限度を右金額と定めた結果である旨主張し、被告広松本人は右主張に符合する供述をしているけれども、この供述だけで右のような合意がなされた事実を認めるには充分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
もつとも、成立に争がない乙第七ないし第九号証、同第一一ないし第二四号証には、単に右金三六、〇〇〇円を家賃として領収した旨の記載があるのにとゞまり、右金員が賃料の内金である旨の記載はないけれども、この一事をもつて、前記合意が成立したことの証左とすることはできない。
七、そこで、原告主張のし尿衛生費の請求につき判断する。原告本人は、北九州ビル(本件建物)では、衛生費は共益費として各借家人から貰つており、そのことは他の借家人との契約書には書いてある旨供述しているけれども、被告広松の弟博邦と原告との間の賃貸借契約の内容を記載した前掲甲第六号証には、衛生費の負担につき、何ら触れるところがないので、他の賃借人との間で衛生費の約定がなされているとしても、そのことから、当然訴外博邦および同人から賃借権を譲受けた被告広松と原告との間にも同様の約定がなされているものということはできない。
もつとも、被告広松本人尋問の結果によると、同被告が本件建物の一部を賃借していた訴外倉田某の妻より原告のため衛生費の徴収を頼まれていると言われ、その支払いを求められたので、同人に対し毎月金三〇〇円位の一年分の金員を支払つたことが認められるが、他方被告広松本人は、同人が本件建物(一)の部分に入居する際、原告から衛生費の支払いを求められたことはない旨供述しており、さらに、原告本人の供述によつても、原告が前記倉田の妻に衛生費の徴収を委任していた事実は窺われないので、右認定の事実から、原告と被告広松との間にし尿衛生費を同被告が支払う旨の約定がなされていたものとも断じ難く、他に右約定の成立を認めるに足る証拠はない。
八、そうすると、被告広松は原告に対し、本件建物(一)の部分の未払賃料として、昭和三七年八月一日より同三八年一一月三〇日までの間の前記一回目に増額された賃料一ケ月金五二、〇〇〇円の一六ケ月分金八三二、〇〇〇円より、右期間内の一ケ月金三六、〇〇〇円の割合による被告広松の支払額合計金五七六、〇〇〇円(昭和三七年八月より同年一〇月分までの支払額が一ケ月金三六、〇〇〇円であることは、前記第五項で認定したとおりであり、同年一一月以降の分も右と同額であることは、当事者間に争がない。)を差引いた金二五六、〇〇〇円、昭和三八年一二月一日より同四一年五月三一日(被告広松英明本人の供述によると、同被告は昭和四一年五月末日右建物部分を明渡したものと認められる。)までの間の前記二回目に増額された賃料一ケ月金五五、〇〇〇円の三〇ケ月分金一、六五〇、〇〇〇円より右期間内の当事者間に争いがない一ケ月金三六、〇〇〇円の割合による同被告の支払合計額金一、〇八〇、〇〇〇円を差引いた金五七〇、〇〇〇円、以上合計金八二六、〇〇〇円およびこれに対する最終履行期後である昭和四一年七月一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払義務があるものというべきである。
原告は、被告広松が本件建物(一)の部分を明渡したのは、昭和四一年六月中旬であると主張し、原告本人は、右明渡しの時期は同年六月頃である旨の略々右主張に副う供述をしているけれども、この供述だけで右明渡しが同年六月中旬になされたものとは認められず、他にこれを認めるべき証拠はないから、原告には昭和四一年六月分の未払賃料債権は存しないものといわねばならない。
第二、被告稲数関係
一、原告が被告稲数に対し、原告主張の頃その主張どおりの約定で本件建物(二)の部分を賃貸したこと、およびその後原告より被告稲数に対し、昭和三七年七月九日付内容証明郵便で、本件建物(二)の部分の従前の賃料一ケ月金一五、〇〇〇円を同年七月一日以降月額金二〇、〇〇〇円に増額する旨の意思表示がなされ、次で昭和三八年一一月中に内容証明郵便で、右建物部分の右月額金二〇、〇〇〇円の賃料を同年一二月一日以降月額金三二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示がなされ、右一回目の意思表示が昭和三七年七月九日頃、二回目の意思表示が昭和三八年一一月中それぞれ被告稲数に到達したことは、当事者間に争いがない。
二、そこで、右各賃料増額の当否につき検討する。被告稲数の賃借部分は、被告広松のそれと同様にいづれも本件建物の一部であり、また原告からなされた各賃料増額の意思表示は、被告両名に対し、同一時期になされているので、被告稲数の賃借している本件建物(二)の部分の既定賃料は、前記一回目の増額の意思表示が、賃貸借契約締結後約四年の期間経過後になされたほかは、被告広松関係の前記第一の三項で認定したのと同一の理由で、前示各増額の意思表示がなされた時点において、不相当であつたものと認められる。
三、そこで、増額の範囲につき判断する。証人上村幸雄の証言、鑑定人上村幸雄の鑑定の結果によると、本件建物(二)の部分の適正賃料は、昭和三七年は月額金二五、二〇八円であると認められるところ、原告が被告稲数に対してなした、前記一回目の増額の意思表示は、右適正賃料の範囲内である金二〇、〇〇〇円であるから、右建物部分の賃料は、前記一回目の増額の意思表示が同被告に到達した、昭和三七年七月九日以降原告主張のとおり一ケ月金二〇、〇〇〇円に増額の効果を生じたものというべきである。
次に前掲鑑定の結果に示された、右建物部分の昭和三八年における適正賃料は、月額金二五、七三一円である。しかしながら、この金額は前年度の月額適正賃料が、前記のとおり金二五、二〇八円である場合に、物価上昇率等を考慮して算出されたものであることが、右鑑定の結果によつて明らかであるところ、前年の賃料は前記認定のとおり、原告の意思表示により、右金額を下廻る金二〇、〇〇〇円に増額の効果を生じているのに過ぎないこと、原告が昭和三七年七月九日になした一回目の賃料増額の意思表示と昭和三八年一一月中になした二回目の増額の意思表示との間の経過期間が一年四月であること、および証人八尋多喜男、同蔦野満雄の各証言によつて認められる、本件建物の近傍にある右両証人が賃借中の建物の賃料額等に前記鑑定の結果を綜合して考えると、本件建物(二)の部分の昭和三八年における適正賃料は、月額金二二、〇〇〇円が相当と認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。従つて、右建物部分の賃料は、原告が被告稲数に対してなした前記二回目の賃料増額の意思表示が同被告に到達した後である昭和三八年一二月一日以降一ケ月金二二、〇〇〇円の限度において、増額の効果を生じたものというべきである。
四、しかして、被告稲数が右賃料増額の効力を生じた後も、昭和三七年七月より一〇月までの四ケ月分は毎月金一五、〇〇〇円宛、昭和三七年一一月分より昭和四二年一二月までの間は一ケ月金一七、〇〇〇円宛を原告に対し、支払つたことは当事者間に争がない。
五、次に原告主張の、し尿衛生費の請求につき考える。原告本人は、北九州ビル(本件建物)では、衛生費は共益費として各借家人から貰つており、そのことは他の借家人との契約書には書いてある旨供述しているけれども、原告と他の借家人との間に、仮りに右のような衛生費負担の契約がなされているとしても、そのことから、当然被告稲数との間にも同様の契約がなされていたものとは断じられない。
もつとも、被告稲数本人尋問の結果によると、同被告が、前記倉田某に対し、支払の日時、合計額等は明らかでないが、月額金三〇〇円の衛生費を支払つたことが認められるが、原告本人の供述によつても、原告が訴外倉田若しくは同人の妻に衛生費の徴収を委任していた事実は窺われないので、右認定の事実から原告と被告稲数との間に衛生費の負担に関する約定がなされていたものと推認することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
六、以上の次第で、被告稲数は原告に対し、本件建物(二)の部分の未払賃料として、昭和三七年七月九日より同三八年一一月三〇日までの間の、前記一回目に増額された賃料一ケ月金二〇、〇〇〇円の一六ケ月二三日分金三三四、八三八円より右期間内の当事者間に争のない被告穏数の支払額合計金二七七、一二九円(昭和三七年七月支払分一五、〇〇〇円の二三日分、同年八月より一〇月まで毎月一五、〇〇〇円の三ケ月分、同年一一月より昭和三八年一一月まで毎月一七、〇〇〇円の一三ケ月分)を差引いた金五七、七〇九円、昭和三八年一二月一日より同四二年一二月三一日までの間の、前記二回目に増額された賃料一ケ月金二二、〇〇〇円の四九ケ月分金一、〇七八、〇〇〇円より右期間内の、当事者間に争のない一ケ月金一七、〇〇〇円の割合による被告稲数の支払額合計金八三三、〇〇〇円を差引いた残額金二四五、〇〇〇円、昭和四三年一月一日より本件口頭弁論終結の日である同年一二月一一日に履行期の到来している同年一一月分までの間の右二回目に増額された賃料一ケ月金二二、〇〇〇円の一一ケ月分金二四二、〇〇〇円、以上合計金四四、七〇九円および右金五七、七〇九円と金二四五、〇〇〇円との合計金三〇二、七〇九円に対する最終履行期後である昭和四三年一月一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものというべきである。
なお原告は被告稲数に対し、本件口頭弁論終結後の将来の賃料請求をもしているけれども、同被告が将来も本訴において確定された前記賃料の支払を拒むことが現在明らかである等、予めこれが支払を訴求する必要性を認めるべき証拠はないので、右将来の賃料請求は、これを認めることができない。
第三、結論
よつて、被告らに対する原告の本訴請求は、主文第一項掲記の限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
別紙
目録
北九州市八幡区大字枝光字古賀田八三六番地の一
家屋番号 諏訪町九一番三
木造瓦葺三階建店舗一棟
床面積 一階二八四・七九平方米(八六・一五坪)
二、三階五八三・一〇平方米(一七六・三九坪)
(一) 右建物一階のうち四四坪六合・・・被告広松賃借部分
(二) 右建物一階のうち一三坪七合六勺・被告稲数賃借部分